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小さな手大きな手

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2016年07月05週
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 参議院選の結果を待っていて、沖縄でのその結果にもかかわらず始まったのが、東村高江周辺での米軍ヘリパッド建設工事であり、名護市辺野古新基地をめぐる、国による沖縄県の再提訴です。「菅義偉官房長官は『移設工事を着実に進め、返還に向け全力で取り組む』とし、来年3月までに残る四つのヘリパッドの完成を急ぐ考えを示した」「石井啓一国土交通省は22日、辺野古埋め立て承認取り消しの取り下げを求める是正指示に応じないのは違法として、翁長雄志知事を相手とする違法確認訴訟を福岡高裁那覇支部に起こした」「国が地方自治体を相手に違法確認訴訟を起こすのは初めて」(7月23日、沖縄タイムス)。沖縄で、高江の米軍ヘリパッド建設工事に反対するのも、たとえば参議院選挙の結果が示すように、沖縄の人たちの多数です。多数の人たちが反対しているにもかかわらず、「移設工事を着実に進め」「是正指示に応じないのは違法」とし、力ずくで基地建設を強行します。そして、資材搬入を止めようとする人たちを、力ずくで排除します。「建設(高江ヘリパッド)に反対する市民約200人と、全国から派遣された機動隊など約500人の警察官が衝突。男性1人が助骨を折る大けがを負い、計3人が救急搬送されるなど、現場は大混乱となった」(7月23日、沖縄タイムス)。参議院選直後に「全国から派遣された機動隊など約500人」も「違法確認訴訟」も、沖縄に限ることであり、かつ沖縄に関する限り、そこで生きて生活する人たちの意思を国は、問答無用で容赦しません。反対する人たちを力ずくで排除し、排除し尽くすまでその力を行使します。容赦しないのです。
 「ダッハウ強制収容所自由通り」(エドモン・ミシュレ、未来社)で、著者が最初に目撃し体験したのも「容赦しない」ナチの強制収容所です。「『さあこれから、アドルフ・ヒトラーの偉大なるドイツにおいて、戦争の張本人たる汚い豚野郎のユダヤ人がどう扱われるか見ろ』、それから、彼は護送されてきたユダヤ人に列から出るよう命じた。そこには、『コンバ』の2人の若い仲間のほかに、4、5人の不運な者がいたが、彼らは16時間ぶっ続けに――正確には、朝6時から夜10時まで――兎跳びと称する屈辱的で辛い懲罰運動をやらされることになる。それは、周知のごとく、脚を曲げてしゃがみ、手を首の後ろに組んで前に跳ぶものである」。「容赦しない」「問答無用」の「16時間ぶっ続けの――兎跳び」のユダヤ人に対する懲罰運動を強いるのは、アドルフ・ヒトラーのナチス国家です。ヒトラーが国家権力を握ってしまった時、ユダヤ人に対する「容赦しない」16時間の兎跳びになり、絶滅収容所での虐殺になりました。沖縄の人たちがどんな選択をしたとしても、参議院選挙後、「アベ政治」の「菅」そして「石井」は沖縄での高江ヘリパッド、辺野古新基地建設を、「容赦しない」「問答無用」の国家権力の力の行使で強行します。
 「重度障害者」の施設で、そこで生活する19人が元職員によって殺害されました(ただし、事件の全容が判明し刑が確定しない限り“容疑者”)。犯人(容疑者)によれば、「意思の疎通ができない」「車イスに一生縛られている気の毒な利用者」(7月27日、朝日新聞)が、一方的な暴力によって「容赦しない」「問答無用」暴力で殺害された事件です。
 東電福島の事故は、原子力発電所が稼働中も、稼働を停止した時も不可欠である電源の、そのすべてが喪失し原子炉の冷却ができなくなり、燃料が溶融した事故です。核燃料が溶融する温度は3000度近くですから、圧力容器、格納容器も溶かしてしまったのが、東電福島の事故炉心溶融事故です。しかし、東電は(国も)、2011年3月11日の地震・大津波からすぐに「炉心溶融」が起こっていたにもかかわらず、認めたのは、事故から2か月余り経った、5月15日です。「認めなかった」理由は、炉心溶融を判断する基準がなかったからだと説明してきました。ところが、5年近く経って、東電にはその当時「防災マニュアル」が存在すること、そこには炉心の損傷が5%を超えた場合「炉心溶融」と明記されていることが明らかになりました。「炉心溶融」の基準(定義)がなかったとされたこと、それを示すものも存在しなかったとされたこと、そのいずれもが虚像・隠蔽されていたことになります。で、東電が設けることになったのが「福島第一原子力発電所に係る通報・報告に関する第三者検証委員会」でその70ページに及ぶ報告書が2016年6月16日付けで、東電社長に提出されています。結論としては、炉心溶融の定義・基準が国でも明確でなかったこと、東電の原子力発電所のパンフレットでは、「安全対策」の、中でも「過酷事故への対応」で一言それ(炉心溶融)に言及していますが、あらゆる対策が講じられている為、過酷事故・炉心溶融は起こらないことになっています。第三者検証委員会報告書も、炉心溶融は国でも学会でも明確に定義されていないことから、「虚像・隠蔽」の事実はあったとしても、責任はそんなに重大とは言えないと結論付けています。しかし、東電福島で、炉心溶融の重大事故が起こったのは確かで、東電が後に発見したとする防災マニュアルでも5%の損傷で炉心溶融としているのをはるかに超える、50%前後の炉心損傷・要するに炉心溶融が全電源喪失から間もなくして起こっていたのが東電福島の事故です。炉心溶融すなわち、放射性物質が閉じ込められなくなったということは、東電福島に隣接する町の人たちにとっては(大熊・双葉西町など)、「容赦のない」「問答無用」の放射能による被曝・そこからの避難を意味していましたが、その事態を知ることも、知らされることもありませんでした。
 言及する状況・事態は異なっているのですが、いくつかの「容赦のない」「問答無用」で明らかなのは、何よりも、そして最も尊重されなくてはならないはずの生きた人間の存在がないがしろにされていることです。
 人間は「容赦しない」「問答無用」の世界を生きたり築いたりしますが、そうではない世界を生きたり築いたりしない訳ではありません。
 「しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。こうして、天にいますあなたがたの父の子となるためである。天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らして下さるからである。あなたがたが自分を愛する者を愛したからとて、なんの報いがあろうか」(新約聖書マタイによる福音書5章44~46節)。「善人なをもって往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるに、世のひとつねにいはく、『悪人なを往生す、いはんや善人をや』。この条、一旦、そのいはれあるににたれども、本願他力の意趣にそむけり」「『これにてしるべし、なにごともこころにまかせたることならば、往生のために千人ころせといはんに、すなわちころすべし、しかれども、一人にても、かないぬべき業縁なきによりて、害せずるなり。わがこころのよくて、ころさぬにはあらず、また害せじとおもふとも、百人・千人をころすこともあるべし』とおほせのさふらひしかば、われらが、こころのよきをばよしとおもひ、あしきことをばあしきとおもひて、願の不思議にてたすけたまふといふことをしらざることを、おほせさふらひしなり」(「難異抄」第三条、十三条)。
 「容赦しない」「問答無用」で、「意思疎通ができない人たち」「車イスに一生縛られている気の毒な利用者」を殺害した犯人は、事件が「解明」される時、世の中全体から厳しく断罪され、「容赦しない」でかつ「問答無用」の処分が下されることになります。ただ、それだけだったら恐ろしい社会の薄っぺらな事実だけが残ることになります。古代社会で、マタイによる福音書が書き残していたり、700年以上前に歎異抄で交わされた問答は、そんな人間を人間として考察することを怠らなかった人たちがいたことを示しています。いつの時代・社会にも、人間の営みを断罪するないしは不問に付する人たちはいたのでしょうが、その人間をマタイによる福音書、歎異抄のように見つめる人たちもいました。
 それはたぶん「あらゆる宗教の外で達成されたもっと非凡なたましいの道程」や「大切なのは目に見えないもの、口に出されないもの、存在するはずなのに存在しないもの」(「なぜ古典を読むのか」、I・カルヴィーノ、河出書房)を、見ようとする人たちがいたからにちがいありません。 height=1
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